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山師トマ
[著者名] ジャン・コクトー
[出版社/発売日] 角川文庫/1955年初版
[種類] 文庫本  [ジャンル] 小説  [おすすめ度] ★★★ 

--書評--
『恐るべき子供たち』のジャン・コクトーが、それに劣らず美しい一編の詩のような作品を生み出した。
コクトーの小説の世界はいつも賑やかしく、軽薄で、頽廃の匂いがする。ページをめくると、まるで古いフランス映画を見ているような気分になるのだ。
戦時下のフランスを舞台とした小説であるのに、彼の手にかかると、戦場や兵士たちの運ばれる病院ですらこれほど優雅に描かれた小説になってしまうのは驚きだ。

本作は何より登場人物が魅力にあふれている。生まれながらに快楽と冒険を好むド・ボルム公爵夫人と、子供の悪戯のような軽さで身分を偽り、ひとを欺き続ける少年ギヨム・トマ。
戦争の深刻さをよそに享楽をむさぼる彼らと幾人かの仲間たちは、“戦争の劇場”に参加するために車で各地の病院をまわることになる。表向きは負傷兵を運ぶという正当な理由あってのことだが、彼らの本心は戦争という“流行”の芝居を間近に眺め、それに参加するという興味本位 なのだ。

“快楽というものは、何かの事象のなかに存するものではなく、それらの事象をすべて享いれるその享いれかたのなかにある”
この性格に従って、ド・ボルム公爵夫人は戦争を肌で感じていたいと願った。
人の死を享楽の道具にしてしまう彼らは、不道徳だが生命力に満ち生き生きしている。

反面、彼らの冗談が通じないような、まじめで常識的に生きている人たちは、この小説の中ではまったく重要視されていない。
ド・ボルム公爵夫人らのおこないを非難する多くの人間(よく考えればこの人たちの方がまともなのだが)は、ここではことさら醜くつまらない種類の人々として登場する。

戦争や生まれながらの境遇という悲惨な題材ほど、パロディにしてしまえるような感性を、コクトーは賛美しているのだろう。
本当は孤児であるギヨム・トマが、自分を将軍の甥だとうそぶき、やがて「嘘から出た実(まこと)」となるラストの場面 を、“ギヨムは馬遊びをしているうちに、馬になった少年である”と彼は解説した。

自分の嘘に翻弄されるギヨム・トマは、幻想の中を生きた人物となり、本作はある種のフェアリー・テイルとして結実したのだ。

記入日時 2002/08/16/06:25:25  No.7

モンスターフルーツの熟れる時
[著者名] 小林恭二
[出版社/発売日] 新潮社/01.05.01
[ISBN] 4103704047
[種類] 単行本  [ジャンル] 小説  [おすすめ度] ★★★★ 

表紙1

--書評--
グリムやアンデルセンの子供向け童話の中には、よくよく読んでみると、実は残酷さやエロティックな内容を含んだものが多くある。日本でも、今まで知られていなかった新しい解釈の童話本が、『本当は恐ろしいグリム童話』などとして、ここ最近ちょっとしたブームになった。

この小説の舞台は現代、しかも場所は渋谷・猿楽町という都会だが、ページを進めると、一話ごとにまるで現代の寓話を読んでいるような気分になってくる。
だが描かれているのは、古くから伝わる童話や神話にたとえるなら「陰」の部分。決してファンタジーではない、人間の欲望とエロスの香り漂う不気味なおとぎ話だ。

物語の大半は主人公の小学校時代の回想、そして当時の同級生との再会のエピソードで綴られる。 一話、二話は現代小説でありながら現実離れしていて、寓話的要素が強いが、最終話に近づくにつれ、なぜ著者が子供のころの同級生を何人も登場させたのか、なぜ主人公は猿楽町でふたたび彼らと出会ったのか、交錯したすべての謎が紐解かれる。
さらにかつての友達に促されながら、ようやく主人公が思いだした"約束"は象徴的で、忘れ去っていた少年時代の自分自身、大人になって今に至るまでの十数年の空白といったものをすべて解き明かすラストには衝撃を受ける。

貧しい身なりのホームレスがあふれかえった街、異様なほど痩せて病的な美しさを手に入れた秘密組織、魚のように通 りを泳ぐ人たちの集団……、奇妙な現象が頻発した猿楽町で、本当に起こっていたこととは?
そして"モンスターフルーツ"とは何だったのか?

主人公が最後に見つけた答えはまさに啓示であり、そこに示唆されるものは著者独特の社会風刺と言ってもいいだろう。
平凡なおとぎ話にはなりえない、小林恭二の才気ほとばしる一冊だ。

記入日時 2002/08/16/06:22:22  No.6

聖少女
[著者名] 倉橋由美子
[出版社/発売日] 新潮文庫/1981年
[種類] 文庫本  [ジャンル] 小説  [おすすめ度] ★★★★★ 

--書評--
少女の危うさと妖しさを描くのに長けた倉橋由美子の、1981年の作品である。
事故によって記憶を失くした少女、未紀と、それを見守る婚約者の青年K。彼女が困惑しながら開いた事故以前の日記には、自分自身も憶えて いない“パパ”との禁じられた愛が綴られていた。
実の父ではあるようだが得体の知れない“パパ”と未紀、そして青年Kとその姉Lとの近親相姦という、ふたつの倒錯した関係を、エロティッ クでありながら決して下品にならずに織り込んだ本作。

小説の中のもうひとつの「小説」といえる未紀の日記中では、“パパ” が一体誰なのか、そしてそれが彼女の妄想なのか現実の出来事なのか、 はっきりと明かされないままだ。 劇中劇のようなこの日記部分は、短い小説として完成されており、そこ だけでも興味深く読める。
青年Kもまた彼女と不可思議な恋愛関係にあるが、本作での主軸はやは り“パパ”と未紀との関係だろう。
彼女は高校生ながらサドの本を愛読し、フランス製の下着をつけ、「学 校に行って大勢で教育を受けるなんて、賤民(せんみん)のすることだ わ」と口にするような魅力的な少女。 このような登場人物は、倉橋由美子の作品以外ではちょっとお目にかか れないだろう。

著者は、本作をただの恋愛小説として書いたわけではない。
青年Kは言う。
「その昔、父と娘、母と息子、兄と妹があいしあうことがあったらしい けど、それは王族の特権だった。賤民に近親相姦をおこなう資格はない」
近親相姦が許されるのは、神に近い一族、つまり現代では「精神的王族」 だけだというのだ。 『聖少女』、このタイトルの意味を著者はきわめて観念的にここで説明 している。

やがて“パパ”の謎が解かれ、未紀の記憶の扉が開いたとき、この長い物語は哀れな結末に向かう。徹底した美意識のもと生きてきた少女は壊れ、青年は彼女との結婚を懇願する。
“パパ”を失った未紀と、“姉”をあきらめた青年Kが一緒になること は、ある世界の終焉でもある。
知的なトリックと、丁寧に練られた少女の美学に酔わされるこの作品。 著者独特の文体が際立ってうつくしい。

記入日時 2002/08/16/06:19:02  No.5

レヴォリューションNO.3
[著者名] 金城一紀
[出版社/発売日] 講談社/01.09.01
[ISBN] 406210783X
[種類] 単行本  [ジャンル] 小説  [おすすめ度] ★★★ 

表紙1

--書評--
『GO』で一躍人気者になった金城一紀の二冊目が出版された。
といってもこの小説、執筆されたのは『GO』以前の時期だというから、ある意味、著者が継続して描いてきた青春小説の原点ともいえる。

主人公は落ちこぼれ高校に通う、どこにでもいそうなケンカとナンパが大好きな少年たち。恐れと軽蔑の意味を込めて“ゾンビ”と周囲に呼ばれていることから、彼らは“ザ・ゾンビーズ”という数十人のグループを組んでいる。
“ザ・ゾンビーズ”はもともと、一年に一回だけの「ある目的」を遂行するために集まった集団。 一年目、二年目のチャレンジは失敗に終わり、卒業間近となった彼らは、高校生活最後のチャンスに全身全霊をかけるのだが──。

ここには『GO』と違い、差別も人種問題もさして大きなテーマとして出てこない。
彼らが一年のすべてを賭けているといっても過言ではない「ある目的」は、大それたテーマを想像しているとズッコけるような些細な、だけど彼らにとっては深刻な問題なのだ。

話の面白さを演出しているのは、それぞれ愛嬌があって魅力的なキャラクターたち。
クラス全員がカンニングしていても必ずひとりだけ捕まる史上最弱のヒキを持つ山下、有料で同級生のやっかい事を受ける美男子アギー、腕っ節の強い舜臣……。
こういう男の子っているいる、と思わせる少年たちを上手く書きわけるのは、男性の著者ならではだ。

とりわけポイントになっているのは、仲間内の中心でありながら病気で入院中のヒロシの存在。表題作と、その続編二編に渡って、彼の姿は主人公たちに大きな影を及ぼし、物語全体の勢いにほのかな切なさを与えている。
ヒロシのエピソードがなければ、本作はコメディタッチのただの学園小説になっていただろう。

「痛快!」という言葉がよく似合う、金城一紀の一連の小説。
愛すべき“ザ・ゾンビーズ”の活躍と、ユニークなアイデアが光る本作は『GO』にも劣らずエネルギッシュな展開で、読む者をまったく飽きさせない。
“芸風がぜんぶ同じ”という批判もあるかもしれないが、著者にはぜひこの軽快さを失わないでほしい。

ただ書き下ろしとして収録されている『異教徒たちの踊り』は、“ザ・ゾンビーズ”のイマドキな日常生活にいきなりミステリーをくっつけたような、中途半端な印象で残念だった。
この濃いキャラクターたちにそれ以上のひねったエピソードなど、必要ないように思うのだが。

記入日時 2002/08/16/06:15:21  No.4

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